2024年10月にシリーズAで1500万ドルを調達したばかりのBluesky PBC[^1]。わずか3ヶ月後の2025年1月、企業価値7億ドルでの新たな資金調達が報じられた[^2]。登録ユーザー数は3500万人を突破し[^3]、急速な成長は投資家の関心を集めている。しかし同時に、新たな疑問も浮上する。広告なしを掲げるこのプラットフォームは、どうやって収益化するのか。デイリーアクティブユーザーは250万〜300万人、つまり登録者の約8〜10%にとどまる[^3]。この数字は、2年後の存続可能性について何を語るのか。
AT Protocolの理念は美しい。アカウントのポータビリティ、モデレーションの選択可能性、分散化されたインフラ。中央集権的なプラットフォームが抱える構造的問題への、技術的な解答として設計されている。しかし、そのリファレンス実装であるBluesky Social自体が、今や事実上の中央集権化の道を辿りつつある。モデレーションは、サービス開始当初と比べて明らかに厳格化している。これは多くの分散型SNSが直面する、理念とスケールの両立という構造的課題の表れである。
かつて私は、Blueskyのアンバサダーとして、この理念を無邪気に信じていた。しかし何度かの幻滅を経て、今はエヴァンジェリストという立場に変わった。アンバサダーが「良い面」を積極的に広める役割だとすれば、エヴァンジェリストは「理念を信じつつも、現実の限界を語る」存在だ。盲目的な賛美ではなく、批判的な視点を持ちながら、それでもより良い方向を模索する。その立場から、Blueskyの未来を問いたい。
PBC、つまりPublic Benefit Corporationという形態が、構造的なジレンマを抱えている。公益を追求する義務を負いながら、資金は必要であり、投資家は利益を求める。ユーザーが2024年の数ヶ月で1000万人から3500万人へ急増したことで、インフラのコストも急増している。しかしBlueskyは広告なしの方針を維持しており[^4]、積極的な収益化は理念と衝突する。Twitter化して広告モデルに走れば、そもそも何のためのBlueskyだったのか。投資家の忍耐には限界があり、7億ドルという高いバリュエーションは、それだけ高い収益期待を背負うことを意味する。
より深刻なのは、ユーザーの定着率だ。登録者3500万人に対して、デイリーアクティブユーザーは250万〜300万人。約8〜10%という比率は、新興SNSとしては決して悪くないが、成熟したプラットフォームの12〜15%には及ばない[^3]。登録はしたが日常的には使わない、という「休眠ユーザー」が9割を占める現状は、プラットフォームの魅力が持続しているのか、疑問を投げかける。
2年後、いくつかのシナリオが考えられる。最も懸念されるのは消滅だ。収益化モデルが確立できず、ユーザーの定着率が低迷すれば、資金は枯渇する。Bluesky Socialのサービスは停止する。AT Protocolという仕様は残るかもしれないが、誰が維持するのか。ユーザーデータはどうなるのか。プロトコルだけでは意味がなく、実装とインフラが必要だ。Relay、AppViewの運営には高額なコストがかかり、ボランティアベースでは限界がある。
買収というシナリオもあり得る。MetaやMicrosoftのような大手企業が買収すれば、プロトコルは残るが運営方針は変わる。買収企業の意向でモデレーションはさらに変化し、理念は希薄化する。結局、再び中央集権化が進むだけだ。あるいはゾンビ化。かろうじて存続するが成長は停止し、開発は停滞する。インフラは最低限の維持のみで、ユーザーは徐々に離脱していく。新機能はなく、バグは放置される。使えるが、未来がない状態だ。
急成長というシナリオは、すでに現実のものとなった。招待制から一般公開への移行とともに、数ヶ月で3500万人の登録者を獲得し、企業価値は1年前の約50倍に跳ね上がった。しかしスケールに伴い、モデレーションは強化され、コストは増大し、中央集権化が進んだ。成長したが、理念との乖離は広がる。どのシナリオも、理想的な結末とは言い難い。
さらに残酷な可能性がある。AT Protocolは技術的に優れているとされるが、Mastodon/ActivityPubという既に分散化している競合が存在する。Mastodonは1500万以上の登録ユーザーと100万以上のDAUを持ち[^5]、複数の大規模インスタンスが単一企業に依存せず存続している。より良い技術が、より分散化された劣った技術に負けるかもしれない。しかし、それこそが分散化の本質ではないか。単一のリファレンス実装に依存している時点で、真の分散化とは言えないのかもしれない。
エヴァンジェリストとしてのジレンマは深い。理想を語りながら、現実の限界も知っている。「Blueskyに移行しよう」と呼びかけても、「2年後も残っているのか」と問われれば、答えに窮する。資金調達は順調に見えるが、それは投資家への債務を増やしているだけではないのか。登録者の9割が休眠している現状は、プラットフォームの持続可能性に疑問を投げかける。もしBlueskyが消えたら、推していた責任をどう取ればいいのか。しかし代替案も完璧ではない。Twitter/Xはイーロン・マスクの独裁、ThreadsはMetaの監視資本主義で1億5000万ユーザーと圧倒的な規模を持つ[^5]、Mastodonは分散化しているが使いにくい、Nostrは実験的すぎる。どこにも、安心できる家がない。
それでもエヴァンジェリストを続けるのは、ある種の諦念に基づいているのかもしれない。完璧なものはない。でも、より良い方向を模索し続けるしかない。盲目的な楽観ではなく、冷静な悲観でもなく、不完全さを受け入れながら、それでも前に進む姿勢。批判的思考を持つエヴァンジェリストがいる限り、少なくとも盲目的な楽観論には陥らない。もしBlueskyが消えても、AT Protocolの理念を引き継ぐ何かが、また生まれるかもしれない。
2年後、Bluesky PBCがどうなっているかは分からない。確実なのは、どこにも安住の地はないということだ。でも、だからこそ、歩き続けるしかない。
脚注
[^1]: TechCrunch (2024年10月24日) "Bluesky raises $15M Series A, plans to launch subscriptions"
[^2]: Business Insider / The Information (2025年1月) "Bluesky Said to Near $700 Million Valuation"
[^3]: Thunderbit (2025年) "Bluesky統計データ:分散型ソーシャルネットワークの成長を徹底解説"
[^4]: Bluesky公式ブログ (2024年10月24日) "Bluesky Announces Series A to Grow Network of 13M+ Users"
[^5]: Thunderbit (2025年) "Blueskyと他の分散型SNSの比較"