Blueskyを使いながら、ふと考える。このプラットフォームは、誰のものなのだろうか。
投稿するのは私たち、読むのも私たち、リプライで会話をするのも私たち。しかし、サーバーを動かし、アルゴリズムを設計し、最終的な意思決定をするのは——誰だろう?
見えない労働
SNSを使うとき、私たちは「無料で楽しんでいる」と思っている。でも、本当にそうだろうか?
投稿を書く。写真を選ぶ。返信を考える。いいねを押す。スクロールする。これらはすべて、時間と注意を消費する行為だ。仮に1日1時間SNSに費やすなら、年間365時間。時給2,000円で換算すれば、73万円分の時間を「無料」で提供していることになる。
そして、もう一つ。私たちはデータも提供している。
何時に投稿したか、どの投稿で立ち止まったか、どのリンクをクリックしたか。書いた文章を消して、書き直したか。マウスがどこで迷ったか——これらすべてが記録され、分析され、広告主に売られる。
ショシャナ・ズボフはこれを「シャドウテキスト」と呼んだ1。私たちが書いたつもりのないテキスト。しかし、アルゴリズムはそれを読む。そして、それを商品にする。
私たちは「消費者」ではない。生産者だ。労働と原材料を、無自覚に提供している。
Blueskyは違う、はずだった
Blueskyは、その構造を変えようとして生まれた。
広告を出さない。データを売らない。アルゴリズムは選べる。データは持ち運べる——AT Protocolという分散型の仕組みで。
理念としては、美しい。でも、資金はどこから来ているのだろう?
VCだ。ベンチャーキャピタル。
2023年7月、Blueskyはシードラウンドで800万ドルを調達した2。2024年10月には、シリーズAで1,500万ドルを追加調達3。Blockchain Capitalが主導し、Alumni Ventures、True Venturesなどが参加した。累計で約2,300万ドル(約35億円)。
そして2025年1月、さらなる資金調達の動きが報じられた4。Bain Capital Ventures主導で、評価額は約7億ドル(約1,050億円)。わずか数ヶ月で、評価額は急上昇している。
VCの投資は、借金ではない。返済義務はない。しかし、出口を要求する。IPO(株式公開)か、M&A(買収)。数年以内に、投資額の10倍を返すこと。
では、広告もデータ販売もしないBlueskyは、どうやってそれを実現するのか?
矛盾の先送り
Public Benefit Corporation(PBC:公益法人)という形態は、妥協の産物だ。
「公益も追求する」と宣言できる。しかし、株主への利益還元義務も残る。つまり、理念と資本の両取りを狙った設計。
でも、両立するのだろうか?
VCは数年内のリターンを期待する。一方、監視資本主義を拒否したSNSは、収益化が遅い。有料化すればユーザーは減り、ネットワーク効果が損なわれる。データを売らなければ、広告モデルも使えない。
成長か、理念か。どちらかを選ぶ瞬間が、いずれ来る。
そのとき、誰が決めるのか? 株主だ。そして、株主にはVCが含まれる。私たちではない。
もう一つの道はあったか?
日本には、生活協同組合がある。
組合員が出資し、運営に参加し、剰余金を分配する。一人一票。出資額に関係なく、平等。
これをSNSに適用したら、どうだろう?
年5,000円の会費。200万人が払えば、100億円。サーバー費用と開発者の給与を賄うには、足りるかもしれない。
「高い」と感じるだろうか? でも、従来のSNSでは、私たちは年73万円分の時間と、数万円分のデータを「無料」で提供していた。5,000円で、それが自分たちのものになるなら——安くないか?
問題は、Blueskyがすでに別の道を選んでしまったことだ。
まだ、間に合うのか?
協同組合への転換には、既存株主の同意が必要だ。
VCがそれに応じる理由はあるだろうか? 協同組合では、株式が消える。IPOもM&Aもない。投資の回収方法が、なくなる。
交渉の余地があるとすれば、組合員が集めた資金でVCの株を買い戻すこと。評価額7億ドルに対してVCが仮に20-30%を保有しているなら、1.4-2.1億ドル(約210-315億円)。200万人が年5,000円払っても、100億円。まだ足りない。
ただし、段階的に買い戻す選択肢はある。10年計画で、毎年10%ずつ。VCが「遅いが確実な出口」として受け入れれば、可能かもしれない。
しかし現実には、損を認めるまで、彼らは圧力をかけ続けるだろう。「広告を入れろ」「データを収益化しろ」「成長を優先しろ」。
新たな資金調達のたびに、創業者の議決権は薄まる。理念は、徐々に後退する。
これは推測ではない。理念系スタートアップが辿る、典型的な軌跡だ。
それでも、可能性はある
ただ、一つだけ、道がある。
AT Protocolは、オープンだ。Bluesky社だけが使えるものではない。誰でも、自分のサーバーを立て、自分のルールで運営できる。
つまり、Blueskyを変えるのではなく、別の協同組合型インスタンスを作る。
Mastodonがそうしたように。中央組織は小さく、各地の協同組合や非営利団体がサーバーを運営する。相互に接続できるから、全体としては大きなネットワークになる。
Bluesky社が仮に監視資本主義化しても、プロトコル自体は残る。そして、私たちは自分たちのインスタンスで、理念を守り続けられる。
いま、できること
Blueskyは、爆発的な成長を遂げている。
招待制で始まった2024年2月には約300万ユーザーだったが5、2024年9月には1,000万人6、10月には1,300万人7、2024年米大統領選後の11月には2,000万人に達した8。2024年末には2,590万人9、2025年1月には3,000万人を突破10。そして2025年9月時点では3,800万人を超えている11。
わずか1年半で、ユーザー数は10倍以上に膨れ上がった。成長の勢いは、VCをさらに引きつける。
次の資金調達が決まる前に、何ができるか?
一つは、サブスクリプション導入を支持することだ。Blueskyは有料プランの検討を表明している12。これが実現すれば、VCへの依存度を下げられる。年5,000円でも、100万人が払えば50億円。それは、次のラウンドを遅らせる力になる。
もう一つは、AT Protocol上の協同組合インスタンスを、今から準備することだ。Bluesky社がどう変わろうと、プロトコル自体は誰のものでもない。日本で、ヨーロッパで、各地で小さな協同組合が生まれれば、それが次のモデルになる。
問いの核心
Blueskyは、私たちのものになれるか?
現状のままでは、難しい。PBCという形態は、理念と資本の妥協だった。しかし妥協は、矛盾を先送りしただけかもしれない。評価額が急上昇し、次々と資金調達が進む様子を見ると、VCの影響力は強まるばかりだ。
では、諦めるべきか?
そうではない。AT Protocolという技術は残る。
私たちが労働とデータを提供しているなら、その対価として、私たちが所有者になる。それは、搾取からの解放だ。
この認識が広がれば、いずれ——誰かが始めるだろう。
Bluesky社を変えるか、別のインスタンスを作るか。どちらにせよ、道はある。
そして、それが証明になる。「これは可能だった」という。
参考文献
ショシャナ・ズボフ『監視資本主義:人類の未来を賭けた闘い』東洋経済新報社、2021年 ↩
TechCrunch, "Bluesky announces its $8M seed round and first paid service, custom domains," July 5, 2023 ↩
TechCrunch, "Bluesky raises $15M Series A, plans to launch subscriptions," October 24, 2024 ↩
Business Insider報道(2025年1月)によると、Bain Capital Ventures主導による約7億ドル評価額での資金調達が最終段階。複数メディア(Cosmico, eMarketer等)が報道 ↩
Backlinko, "Bluesky Statistics: How Many People Use Bluesky? (2025)," August 18, 2025。2024年2月の公開ローンチ時、招待制期間中に約300万ユーザーを獲得 ↩
SociallyIn, "Bluesky Social Statistics 2025: User Growth & Demographics Report," September 16, 2025。2024年9月時点で1,000万ユーザー ↩
Social Media Today, "Bluesky Adds Trending Topics, Exceeds 25M Users," January 1, 2025。2024年10月に1,300万ユーザー ↩
同上。2024年11月中旬に2,000万ユーザーに到達 ↩
同上。2024年12月末時点で2,590万ユーザー ↩
SociallyIn前掲資料。2025年1月に3,000万ユーザーを突破 ↩
Backlinko前掲資料。2025年9月時点で3,826万ユーザー。ただしWikipedia, "Bluesky," October 22, 2025によると、登録ユーザー数は増加しているものの、2025年9月の日次アクティブユーザー数は150万人で、2025年3月のピーク250万人から40%減少している ↩
Bluesky公式ブログ, "Bluesky Announces Series A to Grow Network of 13M+ Users," October 24, 2024。高画質動画アップロードやプロフィールカスタマイズなどのサブスクリプションモデル開発を発表 ↩