断片化したアイデンティティ

研究者のアイデンティティは、いま断片化している。科研費の研究者番号、ORCID、機関メールアドレス、ResearchGate、Google Scholar、そして各種SNS。私たちは複数のアイデンティティを「借りて」いる状態だ。「私は誰か」という核が、所属機関や各プラットフォームに依存しすぎている。

「所属」から「携帯」へ

従来の考え方では、「私は〈機関〉に所属している」—機関が容器で、研究者はその中身だ。DID的な考え方では、これが逆転する。「私が〈機関との関係〉を携帯している」—研究者が容器で、所属履歴が中身になる。

この転換は、研究者のキャリアが複数機関を移動する現実に即している。ポスドク、転籍、客員。これらを「移住」ではなく「履歴の追加」として捉えられる。@tanaka.u-tokyo.ac.jpから @tanaka.kyoto-u.ac.jp への変化は、従来なら断絶に見える。DIDでは同一人物が歩んできた道のりとして可視化される。発表履歴、共著関係、引用ネットワークが人に紐づき、機関に紐づかない。

大学PDSがもたらすもの

機関にとっては、研究者の公開発言・議論が自らのインフラ上に蓄積される。卒業生とのネットワークも、ハンドルが変わっても関係性は保持される。「公式マーク」を外部プラットフォームに依存する必要もなくなる。

研究者にとっては、ハンドルがそのまま名刺になる。異動してもフォロワーと発言履歴を持ち運べる。論文、プレプリント、カジュアルな議論が一つのアイデンティティに統合される。

学術コミュニティ全体としては、機関ドメインが発言の信頼性を担保し、所属機関を超えた研究者の可視化が進む。ORCIDが論文のための永続識別子なら、DIDは学術コミュニケーション全体のための永続識別子になりうる。

借家、社宅、本籍

私たちはSNSをどう捉えているだろうか。三つのメタファーで考えてみる。

現状のSNSアカウントは「借家」だ。プラットフォームが大家で、いつ追い出されるかわからない。大学PDSは「社宅」に近い。機関が提供するが、引っ越しは可能。そして理想形としてのDIDは「本籍」のようなものだ。住所は変わっても本籍は連続する。

研究者の発言は複数の顔を持つ。専門家として、機関構成員として、個人として。大学PDSは最初の二つに制度的な基盤を与える。個人としての発言は別のPDSに分離することもできる。この使い分けが自然にできる設計がAT Protocolにはある。

現実への道筋

もちろん障壁はある。情報システム部門の負担、「SNSは私的なもの」という先入観、そして機関PDSは監視ではないかという懸念。

段階的に進めるなら、まずドメインハンドル認証だけを提供する。PDSはbsky.socialのままでいい。次に希望者向けに機関PDSを試験運用する。そして最終的には公式発信を機関PDSに集約し、個人利用は自由にする。

大学がPDSを持つことは、単なる技術的選択ではない。「研究者とは何か」「学術機関の役割とは何か」という問いへの一つの回答だ。SNSから学術インフラへ。その移行を可能にするのが、AT Protocolのアーキテクチャなのだと思う。