48時間の経路追跡実験を終えた。143件のリプライ、132本のエッジ、最大7次の連鎖。データは揃った。(結果報告)

だが、数字を眺めているうちに、当初の問い「誰がハブになるか」とは別の風景が見えてきた。Blueskyとは何なのか、という問いだ。


SNSなのか、AOSなのか

Blueskyは閉鎖系サービス(SNS)なのか、拡散系サービス(AOS)なのか(SNS 対 AOSについては岡嶋2025を参照)。

この問いに答えるには、まず「拡散」と「会話」の違いを整理する必要がある。拡散は情報の移動だ。点Aから点Bへ、発信者と受信者の間に応答関係は生じない。一方通行だ。会話は意味の交換だ。誰かの発話に別の誰かが返答し、その返答がさらに次の発話を誘発する。双方向だ。

今回の実験が示したのは、Blueskyでは「会話を伴う投稿」はクラスタ内に留まるということだ。わたしの2,700フォロワーから始まり、二次ハブを経由して最大7次まで連鎖したが、総参加者は143名だった。指数関数的な爆発は起きなかった。

一方で、青空ニュースの投稿は7,700リポストに達している。動物の写真やお役立ち情報も、しばしば広域に拡散する。これらは「消費型コンテンツ」だ。応答を求めていない。リポストしても文脈が壊れない。誰が発信者かも問われない。

つまり、Blueskyは二重構造を持っている可能性がある。文脈依存のコンテンツにはSNS、文脈非依存のコンテンツにはAOS。コンテンツの性質によって、拡散構造が切り替わる。


中間領域は生まれているか

個人とネットワーク全体の間に「中間領域」は存在するか。

今回の実験で興味深かったのは、For Youフィード経由の流入だ。複数の参加者が「For Youで見かけた」と申告した。フォロー関係にない人が、アルゴリズムによって一時的に接続された。

Blueskyにはカスタムフィードがある。パンが流れるフィード、ぬいぐるみが流れるフィード。ユーザーは自分の島にいながら、特定のキーワードや話題を通じて、遠くの島と一瞬だけ繋がることができる。

これは「コミュニティ」とも「パブリック」とも異なる。緩やかな中間領域だ。定住はしないが、通りすがりの接触がある。バズりにくいが、遠くの島と一瞬繋がることがある。このバランスは、Xにはないものだ。

「知らないところに広まっている、怖い」が起きにくい。拡散の経路が見えやすく、心理的安全性が高い。Blueskyの閉じた構造がこれを可能にしている。


「王」アカウントの問題

数千、数万単位のフォロワーを持ちながら、投稿頻度が低く、一方的な情報発信しかしない、ハブとして機能しないアカウントがある。仮に「王」アカウントと呼ぶ。

今回の実験で、Nighthavenは最大ハブだった。63件の直接拡散。だが、それはNighthavenが起点だったからだ。二次ハブはtomo-x(4件)、蒼乃シグナル(3件)など、比較的アクティブで双方向的なアカウントだった。

「王」アカウントは、Blueskyの設計思想において構造的に不利だ。リポストしても、その先に会話が生まれなければ連鎖しない。Xではアルゴリズムが「王」の発信を増幅するが、Blueskyでは「王」は孤立した島の中心に過ぎない。フォロワー数は影響力を保証しない。

これは「会話を取り戻す」という理念の帰結だろう。一方的な発信は構造的に弱い。双方向のやり取りを行うアカウントが、ネットワーク上で重要な位置を占める。


絵師はBlueskyで報われるか

Xから移籍してきた絵師たちはBlueskyで「報われる」のか。

イラストは「消費型コンテンツ」だ。文脈非依存であり、理論上は広域拡散しやすい。だが、Blueskyには「数で殴る」文化がない。バズを前提とした戦略は機能しない。

絵師が報われるとすれば、「濃いファンとの関係構築」という形になる。同人誌即売会に近い構造だ。何万部売れるかではなく、誰の手に渡るかが重要になる。万人に届くことはないが、届いた人との関係は深い。

これを「報われる」と見るか「報われない」と見るかは、絵師自身の価値観による。大量消費型の承認を求めるなら、Blueskyは物足りない場所だ。少数の熱心なファンとの繋がりを求めるなら、Blueskyは居心地がいい場所になりうる。

表現の場としてのBlueskyは、「狭く深く届く」構造だ。これは制約であると同時に、質の担保でもある。


ミーム現象について

青空ニュースの「拡散力テスト」を皮肉ったり便乗したりする投稿が複数現れた。文鳥の写真で同じフォーマットを模倣したもの、フェレットで便乗したもの。これらもそれなりにリポストを集めた。

ミームは「意味の空洞化」と「形式の模倣」で成立する。元のフォーマットを維持しつつ、内容を皮肉や無意味なものに置き換える。これは「会話」ではないが、「拡散」とも違う。コミュニティ内部での遊びだ。内輪のジョークだ。

Blueskyの「閉じた構造」がミームを可能にしている。Xでは内輪のジョークが圏外に飛んで文脈崩壊するリスクがある。Blueskyでは島の中で完結しやすい。皮肉が皮肉として受け取られる。文脈が保たれる。


結語

Blueskyは「バズらないSNS」だ。これは欠陥ではなく、設計思想の帰結だ。

「会話を取り戻す」という理念は、「拡散力を犠牲にする」という選択を含んでいる。一方的な発信より双方向のやり取りが重視される。文脈依存のコンテンツはクラスタ内に留まり、心理的安全性が保たれる。

ただし、「広がらない」ことは「見つけてもらえない」ことでもある。すでに島を持っている人には快適だが、島を持たない人には孤独な場所になりうる。新規参入者にとっては厳しい環境だ。

Blueskyは万人向けの場所ではない。だが、特定の層にとっては、かつてのインターネットが持っていた「居場所」の感覚を取り戻せる場所かもしれない。

7,700リポストは「量」を示すが、「形」を示さない。132本のエッジを持つ有向グラフのほうが、拡散について多くを語る。そしてその「形」が見せてくれたのは、Blueskyという場所の輪郭だった。