2026年4月16日。日本時間の昼過ぎから夜にかけて、Blueskyが不安定になった。
大規模なDDoS攻撃だった。攻撃者は大量のアクセスをBlueskyのサーバに送りつけ、過負荷で応答不能にした。フィード、通知、スレッド、検索。十数時間にわたって断続的に使えない状態が続いた。
だがこの事件には奇妙な点がある。Bluesky PBCが運営する公式アプリはダウンした。しかしBlueskyの裏側で動く技術基盤(= atproto)は生きていた。BlackskyやEuroskyといった別コミュニティのサービスは動いていた。移住希望者が殺到した。
Blueskyはダウンした。atprotoはダウンしなかった。
この違いは何か。ここから話を始める。
atprotoは郵便制度に似ている
atprotoという仕組みは、郵便制度に似た構造を持っている。
PDS(Personal Data Server)。あなたの私書箱だ。出した手紙の控えと、受け取った手紙が保管される場所。この私書箱は自分で持つこともできるし、誰かに預けることもできる。
Relay。全国の郵便物を集めてさばく輸送網。どの私書箱で何が書かれたか、その情報を一本の流れにまとめて送り出す。
AppView。輸送網から必要な手紙を取り出し、読み手に合わせて整理する配達所。誰の手紙を、どの順で、誰に届けるか。これを決めるのがAppViewだ。
あなたがBlueskyのアプリを開いたとき、見えているのはAppViewが整理して届けた手紙の束である。
何が止まって、何が止まらなかったか
今回ダウンしたのは、Bluesky PBCが運営するAppViewと、それに繋がる設備だ。配達所が機能を止めた。
しかしPDSは無事だった。あなたの私書箱は閉じられていない。出した手紙も受け取った手紙もそのまま残っている。
BlackskyのAppViewも無事だった。Blackskyは自分たちで配達所を運営している。Bluesky PBCの配達所が止まっても、Blackskyのコミュニティには手紙が届き続けた。
この差が今回の事件の本当の意味だ。
分散とは何か
分散という言葉は誤解されやすい。
データが分散している、とatprotoは言う。これは本当だ。PDSは個人や団体が立てられる。私書箱の置き場所は分散している。
しかしAppViewは、ほとんどの人にとって一つしかない。Bluesky PBCが運営するものだ。配達所は集中している。
だから今回のような攻撃が起きると、私書箱の中身は無事でも、大多数のユーザーには何も届かなくなる。私書箱は生きているのに、配達所が止まれば読み手の手元には何も来ない。
分散しているのはどの層か。分散していないのはどの層か。ここを区別しなければ分散という言葉は空虚になる。
なぜAppViewは分散しにくいか
全世界の手紙を一つのタイムラインに整理するには、全世界の手紙を受け取って仕分ける必要がある。これには大きな設備と人手が要る。
個人が片手間にやれる仕事ではない。組織と資金が要る。だから事実上、Bluesky PBCに集中する。
これはatprotoの設計ミスではない。世界中の手紙を一覧にするという仕事そのものが、どうしても大規模な集約を必要とする。
部分的な配達所という発想
だが、全世界を見る必要はないかもしれない。
あるコミュニティの手紙だけを扱う配達所なら、規模はずっと小さくできる。Blackskyがやっているのはこれだ。黒人ユーザーのコミュニティに特化し、どの手紙を届けるかの基準も独自に決める。
世界中の手紙を一覧する機能はあきらめる。そのかわり、自分たちのコミュニティにとって必要な配達を、自分たちで運営する。
全部を分散するのではない。分散できるところから分散する。これが現実的な道筋だ。
今回の事件が示したこと
DDoS攻撃の十数時間は、atprotoが何をすでに達成していて、何をまだ達成していないかを照らし出した。
達成していること。私書箱は分散している。PDSを自分で立てている人は、Bluesky PBCが止まっても手紙を失わない。差出人の身元はDID(Decentralized Identifier)という仕組みで保護されている。どの配達所にも所属しない、自分だけの住所のようなものだ。手紙には差出人の署名が入っていて、どこから届いても本物かどうか検証できる。
達成していないこと。大多数のユーザーにとって、配達所はBluesky PBCだけだ。ここが止まれば何も届かなくなる。分散された私書箱の上に、集中した配達所が一つだけ乗っている構造である。
Mastodonとは違う道
似たような問題意識からMastodonという別のSNSが生まれた。あちらは完全に分散している。ユーザーは個別のサーバに所属し、サーバを運営する個人や団体に身を預ける。
しかしMastodonにはMastodonの弱点がある。アカウントが所属サーバに縛られる。住所と差出人の身元が、サーバに一体化している。サーバが落ちればアカウントも失う。引っ越しは事実上のやり直しに近い。
atprotoはこの弱点を避けた。住所と身元をサービスから切り離した。DIDがあれば、私書箱を別の管理人に移してもアカウントは残る。配達所を切り替えても手紙の履歴は残る。
この設計は正しい。問題は、この設計を活かすだけの分散した配達所がまだ十分に育っていないことだ。
誰が何を作っているか
figというエンジニアがいる。一人でmicrocosmというインフラを運営している。Hubbleという全PDSのミラーを作りはじめた。いわば全国の私書箱の控えを取っておく倉庫だ。どこかの私書箱が消えても、控えから手紙を復元できる。Raspberry Piクラスの小さな機材ひとつで動いている。
figが作っているのはAppViewではない。配達所が成立するための下地だ。手紙が消えないこと、本物の手紙を誰でも取得できること。これが揃えば、独自の配達所を作る人たちの障害が下がる。
Blackskyのように、コミュニティが自分たちで配達所を立てるための条件が整いつつある。
日本には何が必要か
JPSkyのようなものは作れるか。
技術的には作れる。問題は、何のために作るかだ。
Blackskyは生存の問題として始まった。黒人ユーザーがharassmentから守られるための空間として。Euroskyは主権の問題として始まった。米国テック依存からヨーロッパを守るための基盤として。
日本版を作るなら、何の問題として立てるのか。日本語の手紙が英語圏の基準で取りこぼされる問題か。誹謗中傷への対応か。データ主権か。どれも候補だが、まだ切実さが可視化されていない。
作れるかどうかではない。作る意味を誰が言語化するか。ここが問われている。
分散の本当の意味
atprotoが完全に分散していると言うのは事実ではない。集中した層が残っている。十数時間のダウンタイムがそれを証明した。
しかし何も分散していないわけでもない。私書箱は分散している。差出人の身元は独立している。部分的な配達所は原理的に可能で、すでに少数は動いている。
分散とは、全か無かではない。層ごとに進行する。今どの層が分散していて、どの層が集中しているか。これを見ないまま分散を語るのは、地図を持たずに山を登るのに似ている。
十数時間の闇の中で、見えたものがあった。
This essay is a Japanese companion piece to Decentralizing the Upper Layers: What atproto Can Learn from nostr, and What It Cannot.