山貂さんは日本でいちばんatprotoに通じている人物だ。その『アットプロトーク』アフタートークに、Bluesky Japan カントリーマネージャーの高野さんが参加した。サードパーティアプリの現状、機能拡張への期待、分散化の理念、日本と海外コミュニティの違い、Bluesky社の内部状況について議論された回だ。その内容と、そこから考えたことをまとめる。


サードパーティアプリの課題

公式アプリからサードパーティへの導線がない。Community Showcaseはいくつか存在する(例1例2例3)が英語圏向けで、日本には届いていない。

Mac App Storeにないアプリのバンドルセールのような形式が普及に役立つのではないか、という意見が出た。クライアントアプリが外部への導線開放の余地を増やすことも求められている。

公式からの外部サービスへの誘導は、ユーザーがサインインし直す手間があり、ハードルが高い。ここをどう下げるかも課題だ。


機能拡張の期待と懸念

一部の開発者が望んでいるのは、フィード表現力の向上とプッシュ通知の開放だ。

ただしプッシュ通知には悪用リスクがある。銀行アプリのように、通知が宣伝に使われるような事態が起きれば、ユーザーは機能ごとオフにする。セキュリティと利便性のバランスは難しい課題だ。

iFrameによる埋め込み型コンテンツの表現は、サードパーティアプリとの連携を強化する可能性がある。ここは今後の展開を見たい。


分散化の理念

Bluesky Social アプリはatprotoアプリの一つにすぎない。これが重要な前提だ。

Blueskyが中央に位置して他のアプリにユーザーを連携させるのではなく、相互運用性を通じて各アプリが独自にユーザーを獲得する形が理想とされている。

WordPress.com の事例が参考になる。公式以外のホスティングサービスが成功している。atprotoでも同じことが起こりうる。プロトコルコミュニティ全体でサードパーティアプリを盛り上げていくことが鍵だ。


日本と海外の違い

日本の開発コミュニティはクライアントやアプリの作成が盛んだ(例1例2例3)。一方、海外ではBlackskyEuroskyのようにモデレーションを重視した動きが見られる。

海外のコミュニティは、atprotoの「自分で選べる」という分散型SNSの特性を活かし、モデレーションを自分たちで行うことに焦点を当てている。

日本ではAIやイーロン・マスクからの「逃げ場」としてBlueskyが認識される傾向がある。モデレーションは運営に任せるもの、という意識が強い。それが海外とのアプローチの違いに繋がっている。


Bluesky社の内部状況

Blueskyはまだスタートアップ段階にある。走りながら開発を進めている状態だ。

2月にプロダクトチームとグロースチームの合宿が予定されており、必要な機能について議論される。ここが次の分岐点になる。

日本人開発者への対応が遅いのは、無視しているわけではない。時差と言語の壁により、日本のコミュニティの盛り上がりが目に入りにくいことが原因だ。Bluesky社は日本との関わりに意欲があり、個人的な交流も行われている。


公共事業としてのBluesky

ここからはわたしの考えだ。

Blueskyがやろうとしていることは、実質的に「民間による公共事業」ではないだろうか。

インフラを整備し、誰でも使える状態を維持する。利用者から直接料金を取らない。道路や水道と同じ構造だ。

違いは、政府なら税金で賄えるが、PBC(Public Benefit Corporation)は市場から資金を調達しつつ公共性を維持しなければならない点だ。利益最大化を求められないとはいえ、継続には金がいる。その綱渡りを民間がやろうとしている。

根回しの難しさもある。公共事業なら法的強制力がある。Blueskyには相互運用性を「お願い」するしかない。理念に共感する開発者とコミュニティの自発的参加が前提になる。


構造的ジレンマ

ATProtoだけなら標準化団体でいい。W3CやIETFのような形だ。

だが「それが何の役に立つのか」を示すにはショーケースがいる。VCにインパクトを見せるには、Twitterライクな大衆向けの場が必要だった。

研究者の立場から言えば、arXivResearchGateのような知識共有基盤がatproto上に構築されることが理想だ。オンラインのアイデンティティとデータの所有を担保するための公共財。それがプロトコルの本来の価値だ。

だがarXiv型のショーケースは地味で、ユーザー数も爆発しない。資金調達の論理とは相性が悪い。

Blueskyは大衆向けショーケースを選ばざるを得なかった。そこにプロトコル開発の理念を載せようとしている。だから話がいつもややこしくなる。理念と資金調達の論理が噛み合わない。それがBlueskyの構造的なジレンマだ。


奥州藤原氏としてのBluesky

わたしはBlueskyに奥州藤原氏になってほしいと思っている。

中央の争乱から距離を置き、独自の経済圏と文化を築き、平泉という繁栄を実現した。100年の平和。シリコンバレーの覇権争いから距離を置き、独自のプロトコルと文化圏を築く。「北方の楽土」としてのオルタナティブな繁栄。

ただし奥州藤原氏は最終的に中央権力に滅ぼされた。平泉という「場所」に依存していたからだ。中央が本気を出せば、物理的に潰せた。

だがATProtoが標準化を成就させれば、Blueskyという「場所」が滅んでもプロトコルは残る。HTTPを潰せないのと同じだ。

平泉を焼かれても、交易路と文化が生き続ける世界線。Bluesky社が倒れても、ATProtoが標準化されていれば、その上に別の平泉が建つ。

それが目指すべき未来だ。