論文では当たり前の引用がSNSで争いの種になる理由

論文において引用は当たり前の作法だ。先行研究を参照し、自分の議論に組み込む。引用された側が怒ることはまずない。むしろ引用されないことの方が問題になる。

ところがSNSでは引用行為が争いの種になる。なぜか。

答えは空間構造の違いにある。論文の引用は紙面という物理的に分離された空間で行われる。引用された側の論文に何かが書き込まれるわけではない。だがSNSの引用機能は、相手の投稿を自分の文脈に取り込み、自分のフォロワーに拡散する。相手のなわばりに踏み込みつつ、晒すという二重の侵害が生じる。

ポライトネス理論では、呼びかけ(vocative)は相手の注意を強制的に引く行為であり、身体的接触と同等の侵入性を持つとされる。声をかけることは触ることと同じだ。この観点からTwitter型UIにおける4つの引用行為を分析する。

4つの引用行為の比較

1. リポスト(リツイート)

相手の投稿をそのまま自分のタイムラインに流す。自分の意見は付加しない。

侵入性:低い。相手の発言をそのまま拡散するだけで、解釈を付加しない。相手のなわばりには直接入らない。ただし、文脈を切り離して拡散することで意図せぬ炎上を招くリスクはある。

2. 引用リポスト(引用リツイート)

相手の投稿を埋め込み、自分のコメントを付加して投稿する。

侵入性:高い。相手の発言に自分の解釈を「貼り付けて」拡散する。相手の投稿が自分の文脈に取り込まれ、自分のフォロワーに晒される。相手には通知が届く。呼びかけと晒しの二重侵害だ。

相手から見れば、自分の発言が勝手に切り取られ、知らない人間の解釈とセットで拡散されている。しかも反論しようとすれば、相手のフォロワーという敵地に乗り込むことになる。非対称な構造だ。

3. あと添えリポスト

反応したい投稿をリポストし、その直後に自分の反応を別投稿として投稿する。

侵入性:表面上は低いが、実質的には高い。リポスト機能の本来の目的(拡散・共有)を逸脱して「引用の代替」として使っている。自分の意見を直接紐づけずに別投稿にすることで、「わたしは引用リポストしていない」という言い訳の余地を残している。

だが実質的には晒しと変わらない。むしろ相手に反論の機会を与えない点でより陰湿だとも言える。引用リポストなら相手は通知で気づくが、あと添えリポストでは相手が気づかないまま晒されることがある。逃げの姿勢だ。

あと添えリポストについてはこれが日本語圏の文化になっており、Blueskyでは自分についたあと添えリポストを確認できるフィードが登場した。

4. Bryan式引用

元のテキストを自分の投稿内でテキスト引用し、著者にメンションする。引用リポストは使わない。

> 相手の投稿の引用

@相手のハンドル
[相手の投稿のURL]

自分の意見(長くなる場合はスレッドにする)

侵入性:最も低い。自分の見解は自分のなわばりに留まる。相手の投稿を自分のタイムラインに流さないから晒しにならない。メンションで敬意は示すが、相手のスレッドには何も書き込まない。通知の洪水もない。公開処刑もない。

著者は自分のスレッドの支配権を保つ。自分は自分の発言の責任を負う。空間の明確な分離だ。

相手が見に来るかどうかは相手の選択に委ねられる。これは論文の引用に近い構造だ。

「相手の投稿の一部を切り取っているなら引用リポストと変わらないのでは」という反論があるかもしれない。だが違いは明確だ。引用リポストは相手の投稿そのものを埋め込んで拡散する。フォロワーは相手の投稿を直接見る。相手のアイコン、名前、元投稿がそのまま晒される。Bryan式は自分のテキスト内でテキストとして引用する。フォロワーが見るのはあくまで自分の投稿だ。相手の投稿は自分の文脈に溶け込んでいる。論文で「田中(2020)は〜と述べている」と書くのと同じ構造だ。切り取りの問題は両方に存在しうるが、晒しの構造が違う。引用リポストは「この人がこう言ってる、見ろ」という構造。Bryan式は「こういう議論がある、わたしはこう考える」という構造だ。

比較表

Bryan式引用の利点

Bryan式引用の優れた点は、論文のパラグラフを書き進めるようにリファレンスを組み込みつつ情報や推論を足していけるところにある。引用と自分の見解が一体化しているから、思考の流れが途切れない。

これにより、Twitter型UIがライティングエンジンへと変貌する。

引用リポストは「相手の発言+自分のコメント」という二層構造になるが、Bryan式は自分のテキストの中に引用が溶け込む。学術論文と同じ構造だ。自分の議論を展開しながら、必要な箇所で先行する議論を参照する。

責任の所在も明確だ。引用部分と自分の見解が同じ投稿内にあるから、何を引用し、何を主張しているのかが一目でわかる。あと添えリポストのような責任の曖昧化は生じない。

結論

SNSにおける引用が争いの種になるのは、メディアの空間構造が論文と異なるからだ。相手のなわばりに直接ことばを書き込めること、相手の発言を自分のフォロワーに晒せることが問題の根源にある。

Bryan式引用はその差分を埋める工夫だ。自分のなわばり内で引用を完結させ、メンションで敬意を示しつつ、晒しを回避する。論文の引用作法をSNSに適応させた、節度あるアプローチだと言える。