0. Overview
Nostrのタイムラインには独特の雰囲気がある。Twitter型のUIでありながら、振る舞いはチャットに近い。2023年11月のNostrasia Tokyoで、日本人ユーザーはこの雰囲気の正体をエアリプ文化に求めた。診断は症状として正しい。だが説明としては不十分である。なぜエアリプが支配的になるのか。本稿はNetwork Perception(NP)の枠組みでこの問いに答える。エアリプは原因ではない。フォロー解決度の構造的な低さがもたらす帰結である。
1. Definitions
D₁/D₂/D₃:NP理論の三層密度。D₁はフォローグラフ密度、D₂はフィード密度、D₃は知覚密度を指す。詳細は別稿「Three Densities」を参照。
宣言D₁(declared D₁):ユーザーがフォローリストとして宣言したグラフ。データとして存在する。
解決D₁(resolved D₁):宣言D₁のうち、ユーザーが接続中のリレー集合を経由して実際に観測可能な部分。
解決度r:r = |解決D₁| / |宣言D₁|。宣言したフォローのうち、何割が実際に見えているかを示す比率。
エアリプ:特定の相手に向けた発話を、宛先を明示せず投稿する振る舞い。日本語SNS文化に固有の概念。
2. Propositions
P1:Twitter/Bluesky型のシステムでは r ≈ 1 1が成立する。中央集権的な解決層(タイムラインAPI、AppView)が宣言D₁と解決D₁の差をほぼゼロに保つ。
P2:Nostrでは r << 1 2が構造的に発生する。リレーがユーザーごと・セッションごとに異なるため、同じ宣言D₁から得られるフィードがユーザーごとに異なる。
P3:解決D₁が不安定なネットワークでは、特定宛先への返信に到達保証がない。返信は届くかもしれないし届かないかもしれない。
P4:到達保証のない環境で合理的な発話戦略は、特定宛先ではなく場に向けた発話である。エアリプはNostrのトポロジーに対する適応である。
P5:解決D₁の不安定性に対して、コミュニティは社会的補償を行う。リレー推奨の口コミ、自前リレーの構築は、プロトコル層の不確定性をコミュニティ層で埋める実践である。
3. Corollaries
C1(P4より):Nostrasia Tokyo 2023の診断は症状として正しい。だが因果の向きが逆である。エアリプは雰囲気の原因ではない。低い解決度がエアリプを生み、その集積がチャット的雰囲気として観測される。
C2(P2, P5より):2023年頃の日本語Nostrコミュニティで観察されたリレー推奨文化は、D₂レベルの社会的補償である。「どのリレーに繋ぐか」を共有することで、解決D₁のばらつきを緩和しようとする集団的試みであった。
C3(P5より):自前リレーの構築は解決D₁の自己定義である。自分が観測するネットワークを自分で構成する権利の行使にあたる。これはATProtoのPDS自己ホスティングと同じ系譜にある。
C4(P3, P4より):チャット的D₃は規模の小ささだけの帰結ではない。「全員に向けた発話」と「誰かに向けた発話」の区別が崩壊するトポロジーから生じる。Nostrが大規模化しても、解決度rが低いままであればチャット的雰囲気は維持される可能性が高い。
4. Open Questions
Q1: ATProtoのAppView集中は、解決度の問題を本当に解いているのか。それとも単一の信頼できる解決者の背後に隠しているだけなのか。後者であれば、AppView多様化が進んだとき同じ脆弱性が表面化する。
Q2: エアリプ文化はNostr以前から日本語SNSに存在する。Nostrのトポロジーは新しい現象を生んだのではなく、既存の発話戦略に適合する場を提供したと読むこともできる。エアリプの発生条件として、解決度rの低さは十分条件か必要条件か。
Q3: 解決度rは観測可能な指標である。Nostrのリレー接続データから実測できるか。実測できるなら、雰囲気の定量的記述が可能になる。