Xに追加されたGrokの画像編集機能が物議を醸している。他人の投稿画像を直接編集できるという著作権上の問題はもちろんだが、より深刻なのは別のところにある。
ユーザーが「もっと明るく」「自然な感じで」「いい感じに」とAIに命じるとき、その言語パターンは記録されている。曖昧な意図を具体的な行動に変換するためのデータとして。2025年3月、xAIはXを買収し両社は統合された。6億人のユーザーが日々発する「意図の言語化」は、xAIのモデル訓練に直結する資源となった。
これは「シャドウワーク」の新しい形態だ。イヴァン・イリイチがかつて指摘した、賃金の支払われない労働(家事や通勤や消費行動)がいつのまにか経済システムを支えているように、SNSユーザーの「投稿」や「編集依頼」は、AI企業の資産形成に無償で貢献している。しかも、その貢献の本質は「コンテンツを生成すること」から「意図を言語化すること」へとシフトした。
なぜ意図データが重要なのか。Tesla Optimusを考えればわかる。ヒューマノイドロボットの次のステップは「コーヒーを持ってきて、熱すぎないで」のような曖昧な指示を解釈する能力だ。Grokへの画像編集プロンプトは、まさにこの種の曖昧→具体変換の訓練データとなる。X=意図の入力層、xAI=変換エンジン、Optimus=物理出力層。マスクが構築しているのは、人間の意図を入力として機械の行動を出力するインフラの垂直統合だ。
対照的な設計思想
広告を出さない。データを売らない。アルゴリズムは選べる。データは持ち運べる——AT Protocolという分散型の仕組みで。
Blueskyの設計思想は、このシャドウワークの構造を拒否するところから始まっている。ユーザーの投稿は誰かのモデル訓練のために吸い上げられない。フィードのアルゴリズムは自分で選べる。気に入らなければデータごと別のサービスに引っ越せる。
もちろん、この設計思想がマス層に響いているかといえば、現時点では否だ。「技術者・思想的共感者」向けの価値であり、一般ユーザーには不可視のまま。それでも、XとBlueskyの対比は、プラットフォームの根本的な問いを浮き彫りにする。
私たちがSNSに費やす時間と言葉は、誰のために働いているのか。その労働の成果は誰に帰属するのか。
「意図経済」の到来
広告産業としてのソーシャルメディアという観点は、すでにありきたりになった。注意(アテンション)を売買する経済から、次の段階へ移行しつつある。
Xが収集しているのは、もはや「あなたが何を見たか」ではない。「あなたが何を望み、それをどう表現するか」だ。この「意図の構造化データ」は、汎用AIの意図理解能力を飛躍的に高める。広告が「注意を買う」ビジネスなら、次の段階は「意図を予測し、行動を設計する」ビジネスになる。
これを「意図経済」(intentional economy、インテンショナル・エコノミー)と呼ぶなら、私たちは知らないうちにその労働者になっている。Blueskyのような分散型プラットフォームは、この経済への参加を拒否する選択肢を提供している——少なくとも設計上は。
問題は、その選択肢の存在を知っている人がどれだけいるか、だ。
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