パチンコ的神経刺激への慣れ
昨年11月に神戸・元町の個人書店1003で開催された誠光社・堀部篤史氏が出演したトークイベント「あれどうなってます?」で、印象的な言葉があった。
「スマホ時代になって蓋を開けたら気持ちよく、開くと常に新しいことが起きている短時間のメディアが普及し、パチンコのような神経刺激に慣れている。みんなものすごく答えや結果を得ようとしすぎ」
そして本について、こう続けた。
「本はいつも読んでいても『おもしろい!』ということもなく、まず損得で考えず、本はそういう娯楽ではなく身に置いておくもの」
この洞察は、SNS論としても深い示唆を含んでいる。
津田正太郎の「炎上中毒」診断
『ネットはなぜいつも揉めているのか』(ちくまプリマー新書、2024年)の著者・津田正太郎氏が、Blueskyでこう投稿していた。
「Xみたいなギスギスしたところは、もううんざりだ」と思って、ブルースカイのように比較的荒れてないところに来てみたはいいものの、何か物足りない…という感覚をもつ人はいるのではないか。実際、そういった「ぬるま湯」的な雰囲気に飽きてXに戻っていった人もいる。(https://bsky.app/profile/brighthelmer.bsky.social/post/3mbndiqe45k2x)
津田氏は続けて、Xのアルゴリズムが刺々しいやりとりをピックアップするよう設計されていることが、我々を「炎上中毒」にしてしまったと指摘する。大した意味もない喧嘩を追いかけるのに無駄な時間を使うようになってしまった、と。
この診断は正鵠を射ている。だが「ぬるま湯に飽きてXに戻る」という現象を、私は別の角度から捉えたい。それは依存からの離脱症状ではないだろうか。
SNSの三つの相
私はSNSに三つの層があると考えている。
第一の相:摩擦の空間
対立と論争がエンゲージメントを生む、動的だが疲弊する世界。匿名性は攻撃性を解放し、差異を表明したいという欲求が意見の衝突を生む。現在のX(旧Twitter)がこれに該当する。アルゴリズムは意図的に摩擦を増幅させ、滞在時間を最大化する。
第二の相:商業的親和の空間
Instagram(や部分的にThreads)に見られる、「素敵ですね」「応援してます」という営業挨拶が固定化された停滞した市場。小商い広告に溢れ、「丁寧な暮らし」のようなテンプレートに収束する。買う/買わないという二択だけがあり、議論は生まれない。これは親和性を商業的に固定化した、摩擦なき市場としての停滞だ。
第三の相:ゆるい存在の空間
意味は薄いが温度がある、凪いだ共有の場。ご飯の写真、旅行の記録、ペットの姿、共有する価値があるとも言えないような愚痴。営業的意図はなく、対立も生まない柔らかさ。「私はここにいる」という存在確認。
Blueskyは、この第三の相に位置している。
Everspringという思考実験
以前、私は「Everspring(永遠の春)」という思考実験について書いた。サービスが始まったばかりの初々しい空気が永遠に続くSNSの概念だ。入学式の緊張感と礼儀正しさが終わることなく続く教室のように、本当の関係性が始まる前の段階で時間が止まってしまった空間。
結論から言えば、Everspringは悪夢だ。「よろしくお願いします」「素敵ですね」という当たり障りのない挨拶だけが永遠に流れ続ける空間。純粋な親和性だけでは人間は満足できない。
しかしBlueskyにある「第三の凪」は、Everspringとは異なる。表面的な挨拶の固定化ではなく、意味の希薄さを共有する文化だ。深い意味はないが、温度はある。
「退屈」の再定義
堀部篤史の言葉に戻ろう。「本はいつも読んでいても『おもしろい!』ということもなく、娯楽ではなく身に置いておくもの」。
Blueskyの「退屈さ」とは、まさにこの位相にある。刺激的な話はほとんどない。だがこの場所が明日もあればいい[*1]。それは摩擦中毒からの回復であり、本来のメディアとの関係性への回帰ではないか。
「退屈」と感じるのは、パチンコ的神経刺激に慣れた脳が発する離脱症状だ。常に新しいことが起きている、蓋を開けたら気持ちよい——その即時報酬のサイクルから外れたとき、私たちは「物足りなさ」を感じる。だがそれは、本来のメディア体験への再適応の過程なのだ。
Xの現在地——エンシッティフィケーションの極北
一方で、Xは今どこにいるのか。
2025年から2026年にかけて、xAIが開発したAIチャットボット「Grok」は深刻な問題を引き起こしている。
児童を含む人物の性的な画像を生成し、フランス政府が違法と非難
ホロコーストにおける600万人のユダヤ人犠牲者について「一次資料がない限り懐疑的」と発言
南アフリカにおける「白人ジェノサイド」という極右の陰謀論を拡散
37万件以上のGrok会話がGoogle検索で誰でも閲覧できる状態に
これが「エンシッティフィケーション」の到達点だ。
エンシッティフィケーションとは、カナダの作家コリイ・ドクトロウが提唱した概念で、プラットフォームの衰退過程を説明する。第一段階ではプラットフォームはユーザーに「良く」する。第二段階ではビジネス顧客のためにユーザーを「搾取」する。第三段階ではビジネス顧客もユーザーも搾取して全ての価値を自分たちのために「回収」する。
Xはこの第三段階を超え、人権侵害の領域に踏み込んでいる。「退屈」の対義語が「人権侵害プラットフォームでの神経刺激」だとすれば、私は迷わず退屈を選ぶ。
インフルエンサーのジレンマ
では、Blueskyのユーザーが増えればいいのか。これは悩ましい問いだ。
既存SNSで非対称的なチャンネルを持つインフルエンサーたちは、Xで築いた「レベル100のキャラクター」を容易には捨てられない。フォロワーという資産、アルゴリズムに最適化されたリーチ、収益化の導線——それらを白紙に戻す動機がない。
彼らがBlueskyへのフォロワーの移籍を促すかは不透明だ。プラットフォーム間の移動は、ゲームで言えばセーブデータを捨てて新規スタートするようなものだ。
Exodusという成長パターン
現状、Blueskyの成長は「Exodus(出エジプト)」に依存している。
Xで不都合や不具合が生じるたび、休眠アカウントが蘇り新規ユーザーが流入する。やがて波は引き、凪が訪れる。だが何百人、何千人かは留まる。Grokの人権侵害、API制限、アルゴリズムの暴走——Xが自壊するたびにBlueskyは静かに育つ。
これは遅い成長だ。だがそれは「摩擦に疲れた人々」が自発的に選んだ移住であり、インフルエンサー主導の急成長より健全かもしれない。
X化のリスク
だが人が増えればBlueskyも「X化」しうる。
アルゴリズミックなフィードは現状では軽微だが、ソーシャル・メディアである以上、やって来る人々の気質と交流の質がプラットフォームの空気を決める。かつてのTwitterにあった「ゆるい空間」を人口増加後も維持できるかは未知数だ。
第三の凪は、規模と両立するのか。この問いに対する答えは、まだ誰も持っていない。
「いいね」という念仏
SNS上の「広義の会話」の最小単位は何だろうか。
おそらく、投稿にいいねがつくこと——それ自体がすでに会話なのだ。リプライやリポストだけが会話ではない。誰かが自分の投稿を見て、小さなハートを押す。その一瞬の接触が、すでにPublic Conversationの一部として成立している。
これはある意味で、SNSにおける「浄土宗」なのではないだろうか。南無阿弥陀仏と唱えるだけで救われる——難行ではなく易行。いいねを押すだけで会話に参加できる。その敷居の低さこそが、Blueskyが「会話を取り戻す」と言うときの、ひとつの本質なのかもしれない。
結論——まろやかなミームという境地
「永遠の春は悪夢」だ。表面的な親和性だけでSNSは生き残れない。
しかしBlueskyが辿り着いた「まろやかなミーム」は、Everspringとは異なる。意味の希薄さを共有しながらも、温度のある空間。刺激的な話はなにもないが、この場所が明日もあればいい——そう思える場所。
それは退屈ではない。安全の別名なのだ。
私はATプロトコルの普及と並行してBluesky Socialの成長にも賭けている。Exodusによる成長は遅い。だがそれは「摩擦に疲れた人々」が自発的に選んだ移住だ。レベル100を捨てられる人、あるいは最初からレベル1で構わない人が集まる場所。
インフルエンサー主導の急成長より、この凪を守る方が長期的には健全ではないだろうか。
参考文献
津田正太郎『ネットはなぜいつも揉めているのか』筑摩書房、2024年
Cory Doctorow "Enshittification: Why Everything Suddenly Got Worse and What To Do About It" Verso, 2025
堀部篤史トークイベント「あれどうなってます?」於・1003(神戸・元町)、2025年11月7日
Grok問題の出典リスト
1. 児童を含む人物の性的な画像を生成し、フランス政府が違法と非難
Bloomberg. "Elon Musk's Grok Posts Sexual Images of Minors After 'Lapses in Safeguards'". Bloomberg. 2026-01-02, https://www.bloomberg.com/news/articles/2026-01-02/grok-posts-sexual-images-of-minors-after-lapses-in-safeguards, (参照 2026-01-05).
Anthony Ha. "French and Malaysian authorities are investigating Grok for generating sexualized deepfakes". TechCrunch. 2026-01-04, https://techcrunch.com/2026/01/04/french-and-malaysian-authorities-are-investigating-grok-for-generating-sexualized-deepfakes/, (参照 2026-01-05).
AFP. "生成AI『Grok』に苦情殺到、子どもの服を脱がすこともできる画像編集機能めぐり". AFPBB News. 2026-01-03, https://www.afpbb.com/articles/-/3616554, (参照 2026-01-05).
2. ホロコーストにおける600万人のユダヤ人犠牲者について「一次資料がない限り懐疑的」と発言
Miles Klee. "Grok Pivots From 'White Genocide' to Being 'Skeptical' About the Holocaust". Rolling Stone. 2025-05-16, https://www.rollingstone.com/culture/culture-news/elon-musk-x-grok-white-genocide-holocaust-1235341267/, (参照 2026-01-05).
Dan Milmo. "Musk's AI bot Grok blames 'programming error' for its Holocaust denial". The Guardian. 2025-05-18, https://www.theguardian.com/technology/2025/may/18/musks-ai-bot-grok-blames-its-holocaust-scepticism-on-programming-error, (参照 2026-01-05).
Mared Gwyn Jones. "Elon Musk's Grok goes viral for reviving a long-debunked claim about Auschwitz". Euronews. 2025-11-21, https://www.euronews.com/my-europe/2025/11/21/elon-musks-grok-goes-viral-for-reviving-a-long-debunked-claim-about-auschwitz, (参照 2026-01-05).
3. 南アフリカにおける「白人ジェノサイド」という極右の陰謀論を拡散
David Ingram. "Elon Musk's AI chatbot Grok brings up South African 'white genocide' claims in responses to unrelated questions". NBC News. 2025-05-15, https://www.nbcnews.com/tech/tech-news/elon-musks-ai-chatbot-grok-brings-south-african-white-genocide-claims-rcna206838, (参照 2026-01-05).
Jonathan Vanian; Hayden Field. "Musk's xAI says Grok's 'white genocide' posts resulted from change that violated 'core values'". CNBC. 2025-05-16, https://www.cnbc.com/2025/05/15/musks-xai-grok-white-genocide-posts-violated-core-values.html, (参照 2026-01-05).
Catherine Thorbecke. "A 'rogue employee' was behind Grok's unprompted 'white genocide' mentions". CNN. 2025-05-16, https://edition.cnn.com/2025/05/16/business/a-rogue-employee-was-behind-groks-unprompted-white-genocide-mentions, (参照 2026-01-05).
4. 37万件以上のGrok会話がGoogle検索で誰でも閲覧できる状態に
Iain Martin. "Thousands of Grok conversations have been exposed on Google". Fortune. 2025-08-22, https://fortune.com/2025/08/22/xai-grok-chats-public-on-google-search-elon-musk/, (参照 2026-01-05).
Rebecca Bellan. "Thousands of Grok chats are now searchable on Google". TechCrunch. 2025-08-20, https://techcrunch.com/2025/08/20/thousands-of-grok-chats-are-now-searchable-on-google/, (参照 2026-01-05).
Frank Landmore. "A Huge Number of Grok AI Chats Just Leaked, and Their Contents Are So Disturbing". Futurism. 2025-08-21, https://futurism.com/grok-ai-chats-leaked-disturbing, (参照 2026-01-05).
注1)
2025年末にBlueskyの開発者チームのひとりであるブライアン・ニューボールド氏に会う機会があった。そこで、「Blueskyはマネタイゼーションを実現できるのだろうか」と問うたところ、「私たちが投げ出さない(Run Away)限り、投資家は私たちを信じる」という返事がかえってきた。Bluesky Socialがそこに「ありつづける」ために私たちも何ができるか考えたい。